
当館ではエジプト、メソポタミア、インダス、ギリシアなど世界の古美術から加山又造、東山魁夷らの近現代日本画まで、広範囲で多数の名品を所蔵しております。本展は開館10周年企画として、膨大な館所蔵品の中から日本画の名品約40点をご覧頂きます。
葛飾北斎、歌川広重、横山大観、菱田春草、上村松園、鏑木清方などの選りすぐりの作品をご堪能下さい。
展示解説
毎週日曜日・祝日の14:30~(約30分間)
休館日
毎週水・木曜日(9/23,11/4・5は特別開館、9/25は休館)
ここでは名品選の中より、ぜひご覧いただきたい作品“おすすめ作品”と作者の生い立ちなどのエピソードを合わせてご紹介いたします。今回ご紹介するのは、上村松園の作品です。
上村松園ものがたり
京都四条に生まれた時、父はすでに他界しており、松園は葉茶屋を営む母の女手一つで育てられました。小さい頃から絵を描くことが大好きだった松園は、店の隅に座し、女性客ばかりを描いていたといいます。理解ある母は親戚の反対をよそに、娘を京都府画学校に通わせました。
15歳の松園は、内国勧業博覧会に出品した『四季美人図』が1等褒状を受賞、英国の皇子に買い上げられるという栄誉に浴します。そして、鈴木松年、幸野楳嶺、竹内栖鳳に師事した松園は、25歳にしてパリ万国博覧会への出品を許されるなど、画壇での地位を不動のものにしていったのです。
男性画家から「松園の絵は野暮ったい、(男の求める)情に欠ける。」などと言われても「なまめかしさよりも、私は女としての意地と張りを描きたい。」と言い切った松園。画題は歴史画、風俗画から、人間の悩み・苦しみを幽玄な静寂の中に美しく昇華させた能の世界へと変化し、晩年は市井の女性の本質、母の姿に行き着きます。
圧倒的男性社会であった時代に、美術という女性がほとんどいない世界の中で画業を追求し、理想的な女性像を追い求めた松園に対し、昭和23年11月、文化勲章が贈られました。芸術家の最高の栄誉であるこの勲章を、松園は女性で初めて手に入れたのです。
そしてその翌年、画室で静かに息を引き取りました。享年74歳。
上村松園 この一枚!

四季美人図
Beauties of the Four Seasons
明治25年
Meiji period (1892)
上村松園
Uemura Shoen
明治8年~昭和24年
1875-1949
天才少女の作
女の一生を、四季になぞらえた四人の女性で表現した作品。松園は1890(明治23)年の第三回内国勧業博覧会にも同題の『四季美人図』を出品。竹内栖鳳や山元春挙等と並んで一等褒状を受け、さらに英国のコンノート殿下に買い上げられるという栄誉に浴した。また、1892(明治25)年にも『四季美人図』を制作し、シカゴ万博で2等賞を受賞している。本格的に絵の修業をはじめた10代の松園が、繰り返し取り組んだ画題である。
| 作家名 | 作品名 |
|---|---|
| 宮川長春 | 立ち美人 |
| 葛飾北斎 | 日蓮 日・龍・月 |
| 谷文晁 | 月下漁夫図 |
| 歌川広重 | 勧進帳 名所江戸百景(浅草田甫酉の町詣) 名所江戸百景(浅草金龍山) 名所江戸百景(深川州崎十万坪) 名所江戸百景(亀戸天神境内) 名所江戸百景(水道橋駿河臺) |
| 歌川国次 | 七世市川団十郎隅田川渡舟図 |
| 河鍋暁斎 | 竜神図 |
| 橋本雅邦 | 秋趣 |
| 竹内栖鳳 | 冬晴 |
| 横山大観 | 月下の雁 怒涛 不二霊峰 |
| 川合玉堂 | 夏冬山水 山村積雪 湖山月明 古城春夕 |
| 下村観山 | 武陵桃源 |
| 菱田春草 | 湖辺 瀑布(流動) |
| 上村松園 | 三美人之図 わか葉の頃 四季美人図 |
| 鏑木清方 | 卯月の装 紅葉 今様浅妻船 |
| 冨田溪仙 | 麒麟図 |
| 小杉未醒 | たいざん木 |
| 前田青邨 | 厳島 |
| 村上華岳 | 牡丹図 |
| 奥村土牛 | 紅椿 |
| 郷倉千靱 | 四月の頃 |
| 速水御舟 | 牡丹睡猫 |
| 伊東深水 | 秋晴 |
| 東山魁夷 | 凪 |
| 佐藤太清 | 旅愁 |
| 加山又造 | 龍図 |
| 康次 | 太刀 銘 康次 |

葛飾北斎「日・龍・月」

横山大観「不二霊峰」

川合玉堂「古城春夕」